
桜満開の三瀬谷ダム |
松阪方面からは国道42号線の大台警察署を越したあたりの
信号を右折すると程なく「三瀬谷ダム」があります。
1966年(昭和41年)に完成した三瀬谷ダムは主に水力発電
工業用水への利用を目的に建設されました。
堤高39m堤長160m!見下ろすとめまいがします(◎o◎)
ダム本体は「三瀬谷ダム」、貯水部分は「奥伊勢湖」と呼ばれ
奥伊勢湖はボートの漕艇場として活躍してます。
大台町では毎年8月奥伊勢湖を利用して「水上カーニバル」
というボート競技を開催してます。
近年はブラックバスが釣れるらしく全国大会等も開催。
結構有名みたいですv(^^)v
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奥伊勢湖・・・静かすぎる・・・・・ |
貯水部分はこんな感じで、ただ水が溜まってるだけで
ネッシーの様な未確認生命体もいないみたいです^^;
巨大な鯉はいっぱいいます。
でも奥伊勢湖周辺を散策してみると
色々な施設・絶景に出会えます。
特に観光用に作られた訳では無いのでわざわざ行くと
拍子抜けする事がありますので、何かのついでにお立ち寄り
すると、ドライブの一服には丁度いいですね^^
今丁度桜の季節なのですが、
湖畔には桜が一杯植えられてます。チョッとした名所です。
見事な桜並木は3箇所あるんですよ。
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左奥に慰霊碑があります |
一番初めの三瀬谷ダムの写真の対岸に写ってるのが
ダムに通じる坂と公園に咲く桜です。
「奥伊勢湖さくら公園」と名付けられて整備されてます。
駐車場も完備で、ダム湖を桜越しに見渡せます。
元は公園なんかじゃなくて「三重日輪兵舎」なる建物がありまして
今年(平成16年)大台町が整備して「奥伊勢さくら公園」
としてリニューアルされたんです。
さて、「三重日輪兵舎」って何?って思われますよね。
実はとっても歴史的に深い意味を持つ建物なんです。
僕も詳しくないんですが説明いたしますと・・・昭和13年、満州開拓の国策で「満蒙開拓義勇軍」が満州に
むけて派遣されました。15〜19歳の志願した青年達だそうです。
太陽をかたどった円形の兵舎であることから「日輪兵舎」と呼ばれ
1つの兵舎に60人の兵士が放射状になり寝食を共にしたそうです
広大な土地の開拓に夢ふくらませ移民した青年達を待ち受けて
いたのは、過酷な労働・厳しい自然・そして敗戦・・・・
正確な数字がはっきり分からないのですが、
敗戦直前の在満日本人移民27万人に対し
引き揚げに至るまでに死者78,500人といわれ、3人に1人が
自決・凍死・餓死・戦死するという痛ましい史実が残ってます。
移民ではなく棄民と言わしめる所以ですね。
兵舎の中には当時使われていた道具等展示され、また
公園には慰霊碑もありますので御冥福をお祈りしましょう。
桜に囲まれ安らかにお眠りください。
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貴重な史実を残す日輪兵舎 |
チョッとディープな内容になっちゃいましたね^^;
さて気分を変えて宮川村方面に走る事2分!
「道の駅もみじ館」が奥伊勢湖畔にみえてきます。
そこの下に桜がずら〜〜と並んでます。
道路からだと見落とす可能性大!
「道の駅もみじ館」に駐車してご覧下さい♪
「道の駅もみじ館」からさらに車で3分行くと
真手の桜公園がありまして
そして30分程走ると宮川村の桜並木があります。
時間に余裕のある方はぐるっと奥伊勢桜めぐり
をお楽しみください☆ミ(*^▽^*)ノ彡☆ |

道の駅もみじ館の駐車場からの風景 |

夜桜は綺麗でも写真に撮ると・・・腕次第ですね^^; |
■桜前線はなぜ規則正しく北上するのかな?■
大抵の桜の名所に植えられてるのはソメイヨシノですね。
このソメイヨシノは実は交配によって戦後作られた桜なんです。
オオシマサクラとエドヒガンサクラの交配で作られた1本の苗木
から全国に広まったソメイヨシノ。DNAは皆同じ。
だから同時期に同地方が一気に咲きそして散る。
ソメイヨシノの寿命は60〜80年。戦後各地に植樹された木々の
寿命が迫ってます。同じDNAゆえ同じ病気にもかかり易いです。
代表がテング巣病。これも深刻です。
木は大きいのに花が少ないのはこれに侵されてます。
しかも全国に広がっているそうです。
あと10年もすると現在桜の名所と呼ばれている場所の桜は
どうなっちゃうんでしょう><
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 エドヒガンサクラ オオシマサクラ |